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大阪高等裁判所 昭和59年(ネ)2106号 判決

控訴人 中西芳雄

右訴訟代理人弁護士 西田正秀

同 中村悟

被控訴人 亡田村多賀訴訟承継人 田村俊夫

〈ほか四名〉

右五名訴訟代理人弁護士 赤木淳

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らの請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

一  申立

1  控訴人

主文と同旨。

2  被控訴人ら

本件控訴を棄却する。

二  主張

次のほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決の補正

原判決五枚目裏一行目と二行目との間に左記のとおり挿入する。

「農地法二三条一項は、小作料の増額請求の要件につき、農産物の価格、生産費の上昇その他の経済事情の変動により又は近傍類似の農地の小作料の額に比較して不相当となったときと定めており、借地法・借家法の賃料の増額請求の要件につき、公租公課の増加により増額請求できる旨の定めと大いに異る。この点に関し、東京高裁昭和六〇年五月三〇日の判決(判例時報一一五五号)は、農地に対する課税と小作料との間に逆さや現象があるというだけで、直ちにこれを解消するだけの小作料の増額請求を許容することは認めていないものと解するのが相当であると判示し、学説は右判決を評価(判例時報一一七〇号、同評論三二三号)している。

右にいうその他の経済事情の変動には、当該農地の公租公課は含まれないというべきである。

仮に、その他の経済事情の変動に当該農地の公租公課を含むとしても、小作料の相当額が当然に公租公課以上の額になるものではない。蓋し、小作料の相当額は収穫された作物の価額を考慮せずに定めることができないからである。このことは農地法二四条に、小作料の額が不可抗力により収穫された作物の価額の一割五分を超えることとなったときは減額請求できる旨の規定があることからみても明らかというべきである。」

2  当審における主張

(一)  被控訴人ら

(1)(イ) 土地区画整理事業が進行し、昭和五九年六月二二日土地区画整理法一〇三条一項に基づき、本件土地につき、奈良市大宮町六丁目二番一八畑六九一・二一平方メートルを換地とする旨の換地処分がなされた。

(ロ) 又、第一審原告田村多賀は、昭和六〇年三月一一日死亡し、夫被控訴人田村俊夫、実子被控訴人田村雅宥、養女被控訴人田村永子、養子被控訴人田村信宏、実子被控訴人村好永が相続により、右多賀の権利義務を承継した。

(ハ) よって、右換地処分及び訴訟承継により、被控訴人らと控訴人間において、奈良市大宮町六丁目二番一八畑六九一・二一平方メートルの昭和五八年八月一三日から同五九年三月三一日までの小作料は金二四万七七〇六円(年額三九万六三二九円)、昭和五九年四月一日以降は年額四一万六三〇九円であることを確認する旨の裁判を求める。

(2) 控訴人の主張(2)(権利濫用・信義則違反)の事実は否認する。

農地に対する宅地並み課税は、農民に農業をやめろということである。被控訴人らは、控訴人が農業を継続するなら税金だけは負担してほしいといっているだけである。宅地並み課税を小作料に転嫁できないとすることはできない。まして異常な農地が農地なるが故に標準小作料制度の適用を受けるというのは嘘である。そうでないと憲法の財産権の保障に反すると考える。

標準小作料は強制ではない。標準小作料の生産費の中に公租公課が入っていようといまいと、公租公課は当然生産費であるから生産者が負担すべきものである。固定資産税は所有自体に対する課税ではなく、所有者を通じて支払われるだけである。

小作権付農地を地主が売却する場合には、小作権者に対して価格の四割程度を支払うことがあるにとどまり、常に四割を補償しなければならないものではない。中井一男に対する代替地は面積においてはともかく、価格においては二割程度である。

被控訴人らにおいて控訴人に対し一億円を支払って小作契約を合意解約するのでなければ権利濫用だというのであれば、一億円の法定利息だけでも年間五〇〇万円であり、年間せいぜい五〇万円の税金をまぬがれる為に年間五〇〇万円の収入を犠牲にしなければならないなら、被控訴人らは当然年間五〇万円の損失を選ぶ。離作料は農業収入を基礎として算定すれば足りる筈であり、田六四〇平方メートルの収穫は約三〇〇キログラムで約九万円(控訴人本人尋問の結果でも本件土地の収穫は年一〇万円未満)であるから、一五〇万円もあれば今後の全農業収入をつぐなって余りがある。

もっとも、被控訴人らも応分の負担をする用意は何時でもあるし、そうでなければ権利濫用のそしりもありうる。因に被控訴人らは一〇〇〇万円という解約金額を提示し、又は賃借権の負担がなければ五〇〇〇万円と目される不動産を提示している。

権利濫用にあたるいわれはなく、権利濫用という市民法秩序の次元で解決できるものではない。

(二)  控訴人

(1) 被控訴人らの主張(1)(イ)(換地処分)の事実は認める。

(2) 奈良市の「大和都市計画事業(奈良国際文化観光都市建設計画)大宮土地区画整理事業」が昭和四六年三月に決定公告され、周辺の都市化により、本件土地は日照・通風上農地としての環境が悪化し、減収しているので、他の利用方法を考えることが土地の効用を高めることになった。

しかも本件土地は、近鉄線新大宮駅から至近距離にあるので、控訴人は右状況を理解し、これに対応した利用方法と離作の話合いを望んできたし、これまで一度も拒んだことはなかった。

しかるに、被控訴人ら(多賀を含む)は、中井一男に対する小作地の離作補償(代替地提供)の話合いを成立させながら、控訴人に対する本件小作地の離作補償については差異を設け、本件土地の時価約四億円に対し五〇〇万円ないし一〇〇〇万円という低額の金銭補償又はやっかいな物件(もし賃借権の負担がなければ五〇〇〇万円と目されるという)による補償で臨んで難航させ、本訴においては控訴人に対し本件税金分を一方的に押しつけ、著しい負担を強いるものである。

右は、当事者間で解決できる方策があるのに自らこれを放棄し、一方的な押しつけであるから、権利濫用もしくは信義則違反というべきである。

三  証拠《省略》

理由

一1  控訴人が田村多賀から本件土地を賃借して小作していたこと、昭和五六年一一月七日以降の本件土地の小作料が確定判決により年額二七万五二三〇円に増額されたこと及び右田村多賀が昭和五八年八月一三日控訴人に到達した書面により本件土地の小作料を年額三九万六三二九円とする旨、同五九年三月二一日控訴人に到達した書面により本件土地の小作料を年額四一万六三〇九円とする旨の増額請求の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

2  そして、昭和五九年六月二二日本件土地につき控訴人ら主張の換地処分がなされたことは当事者間に争いがなく、田村多賀が昭和六〇年三月一一日に死亡し、被控訴人らが相続により右多賀の権利義務を承継したことは戸籍謄本によって認められる。

二  そこで、右増額請求の当否について判断する。

1  農地法は、小作農の保護をもその目的としていること(同法一条)、農業委員会において小作料の標準額を定めることができること(同法二四条の二第一項)、右標準額を定める際には通常の農業経営が行なわれたとした場合の生産量、生産物の価格、生産費等を参酌し、耕作者の経営の安定を図ることを旨としなければならないこと(同第二項)、右標準額は原則として土地残余方式即ち粗収益から物財費、雇用労働費、家族労働費、資本利子、公租公課(小作農が当該農業経営に関して負担するものをいう。)及び経営者報酬を控除して算出すべきものとされていること(昭和四五年九月三〇日四五農地B第二八〇二号次官通達)、右標準額に比較して著しく高額な契約小作料に対しては減額勧告制度を定めていること(同法二四条の三)、借地法が土地に対する租税その他の公課の増減を地代増減請求の斟酌事由として明定しているのに対し、農地法は農作物の価格もしくは生産費の上昇もしくは低下その他の経済事情の変動を斟酌事由として定めるにとどまり、小作地に対する公租公課の増減は直接の斟酌事由とはしていないこと(同法二三条一項本文)、他方災害等不可抗力によって小作料の額がその年の粗収益に比して著しく高率になった場合、畑にあっては収穫された主作物の価額の一割五分(田にあっては、米の価額の二割五分)まで小作料の減額を請求することができる旨を定めていること(同法二四条)に照らすと、農地法は、小作料につき耕作者の地位ないし経営の安定に適うものであることを要し、その額は主として又は専ら当該農地の通常の収益を基準として定められるべきであるとしているものと解され、単に当該農地に対する課税と小作料との間に逆さや現象があるというだけで直ちにこれを解消するだけの小作料の増額請求を許容することは認めてはいないものと解するのが相当である。

このことは、地方税法が附則二九条の四において、市町村長は、市街化区域農地で宅地並み課税の適用をうけるものにつき、当該農地の固定資産税及び都市計画税の合算額が小作料の額を超える場合において、必要があると認めるときは、当該小作料の額を超えることとなる金額を限度として、納税者の申請に基づき一定期間その徴収を猶予することができる旨を規定し、更に特殊な場合であるが、同附則二九条の五において、市町村は条例で定めるところにより、所有者からの申告があった場合には所定の税額を減額することができる旨を規定していること及び固定資産税及び都市計画税は、直接的には財産課税であって所有者の負担であり、資産からの収益に対して課される所得課税ではないことからみても首肯できるというべきである。そして、このように解しても憲法に違反するとはいえない。

のみならず仮に、特別の事情のない限り、所有者は農地について負担する税額以下の小作料を甘受すべき理由はなく、税額までの小作料増額請求ができるとしても、それは税額以上の収穫のある農地についていえるだけであり、そうでない限り、農地法二四条に照らし耕作者は農地の収穫以上の小作料を甘受すべき理由はないとしなければならない。

2  前記一の争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(一)  本件土地及びその周辺の土地について、大和都市計画事業、大宮土地区画整理事業が進められ、仮換地指定処分についで換地処分がなされ、都市化が顕著となり、農地についてはいわゆる宅地並み課税がなされている。

(二)  本件土地(換地処分により畑)の昭和五八年の固定資産税と都市計画税との合計額は三九万六三二九円、同五九年のそれは四一万六三〇九円である。

本件土地の右時期における収穫は年約一〇万円であり、標準小作料は年約五〇〇〇円(一〇アール当り七八〇〇円)である。収穫は年々減収することはあっても、増収は見込めない。

(三)  右都市計画事業の進行により、合意解約された小作地については、別紙のとおり離作補償がなされている。その補償は金銭一件、土地七件であるが、かなり高率の補償がされており、被控訴人らの先代田村多賀が中井一男に対してなした補償は別紙の整理番号1である。本件土地については被控訴人らにおいて宅地並み利用をする考えは乏しい。

3  被控訴人らの本件小作料増額請求の理由は、本件土地につき宅地並み課税がされ、それが経済事情の変動に当るというにつきること及びそのほかの農産物の価格もしくは生産費の上昇もしくは低下その他の経済事情の変動の事由のあることについては何ら主張立証しないことは弁論の全趣旨に照らして明らかである。

してみると、固定資産税・都市計画税が小作料をこえる事実を主張立証しただけでは、小作料増額請求の要件事実について主張立証が尽くされたとはいえないし、前記認定の事実関係のもとでは、昭和五八年及び同五九年における本件増額請求の意思表示はその効力を生じたと認めることができない。よって右増額請求の効力が発生したことを前提とする被控訴人らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却すべきである。

三  以上の次第で、被控訴人らの請求を認容した原判決は相当でないから民訴法三八六条によりこれを取り消し、被控訴人らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗山忍 裁判官 惣脇春雄 辰巳和男)

〈以下省略〉

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